
Guillaume La Tortue / Salinas (Slam Mix)
呪術と恍惚が交差する、94年 Europian Technoの深層
90年代前半、まだTechnoとTranceの境界線が曖昧だった時代に、ヨーロッパのフロアで密かに異彩を放っていた1枚が、今回レコメンドするGuillaume La Tortue / Salinas (Slam Mix) です。ベルギーの名門 Music Man Recordsからリリースされた本作は、当時のダンスミュージックの機能性を踏襲しながらも、その枠組みを内側から静かに崩していくような、不思議な引力を持った楽曲です。まだジャンルの細分化が現在ほど進んでいなかった90年代前半だからこそ生まれた、Techno、Trance、Ambientといった様々な感覚が曖昧に溶け合うサウンド…そのドコにも完全には収まらない危うさと自由さが、このSalinasにはシッカリと刻まれているんですよね。
異端性を極めたOriginalからSlamによるフロア仕様への変貌
オリジナル・バージョンのSalinasは、どこか呪術的でサイケデリックな質感を持ち、音の隙間に漂う不穏な空気感が印象的な異色のサウンドっ!しかし、このSlamによるRemixでは、その鋭利なエッジを保ちながらも、よりフロアに馴染むカタチへと昇華されています。イントロは抑制されたビートと浮遊感のあるパッドで静かに幕を開け、やがてタイトで芯のあるキックが身体の深部にジワジワと入り込んでくる。この侵食してくるようなグルーヴが実に心地イイっ!ハデなフレーズや分かりやすいフックで聴き手を引っ張るのではなく、同じビートを反復しながら少しずつ音のレイヤーを変化させ、知らないうちにフロア全体をその世界へ引き込んでいく…このジワジワと効いてくる構築美は、まさにSlamならではのセンスでしょうね。
流麗なシンセが夜明け前のフロアに描き出す恍惚
中盤に差し掛かると、流麗なシンセメロディがじんわりと浮かび上がり、空間に広がるコード感がイッキに景色を変えていきます。攻撃的でありながらどこか切なさを帯びたその響きは、夜明け前のフロアに差し込む光のようで、聴く者を穏やかな高揚へと導いてくれる…ビートは終始ミニマルながら、細やかな変化と絶妙なレイヤー構成によって飽きさせることなく、気づけば深いトランス状態へと引き込まれているハズです。こういう曲は途中の一部分だけを聴いても、その本当の魅力はナカナカ伝わらないんですよね。長い時間をかけて同じグルーヴへ身を委ね、微細な音の変化を追っているうちに、ある瞬間から音楽を「聴いている」という感覚すら薄れていく…その没入感こそ、この時代のTechnoを12インチで体験する面白さでもあります。
夜明けへ向かうフロアで機能する90年代レイヴの精神性
当時のヨーロッパでは、こうした「内省的でトリップ感の強いトラック」が一部の先鋭的なDJたちに支持され、ピークタイムというよりも、夜明けに向かう時間帯や、フロアの空気を切り替えるタイミングでプレイされていました。OriginalとSlam Mixという異なる表情を使い分けるコトで、フロアの緊張感と解放感をコントロールできるのも、この12インチの面白いトコロでしょうね。インストゥルメンタル作ですが、その音の重なりや展開からは、「内面への没入」や「意識の拡張」といった、90年代レイヴ・カルチャー特有の精神性が強くカンジられます。コトバではなく音そのもので語りかけてくるタイプの1曲ですね。フロアを強引にアゲるのではなく、その場にいる人達の意識をゆっくりと別の場所へ運んでいく…そんな役割を持ったトラックだからこそ、DJの選曲次第で全く違った表情を見せるのでしょう。
混沌か恍惚か、その選択をDJに委ねる12インチ
このレコードの面白さは、「異端性を極めたOriginal」と「美しく機能するSlam Mix」という、まさに対極の魅力を1枚に内包しているトコロにあります。フロアを混沌へと導くか、それとも恍惚へと導くか…その選択をDJに委ねてくるあたりも実に奥深い。こういう12インチを手にすると、レコードというフォーマットが単に音楽を収録したメディアではなく、DJがその場の空気によって使い方を選ぶための「道具」でもあったコトを改めてカンジさせられますね。しかも自宅でジックリ聴けば、パッドの広がりやキックの輪郭、シンセが少しずつ表情を変えていく様子まで楽しめるため、リスニング作品としても十分に成立している。流行を追いかけて作られたような派手さはナイものの、30年以上が経過した現在でも、その不穏さと美しさは驚くほど色褪せていません。針を落とせば、静かに、しかし確実に意識を持っていかれる…そんな効果を発揮をする1枚です。コレクションとしても、プレイ用としても強くおすすめしたい、90年代ヨーロピアン・アンダーグラウンドの隠れた名作です。
