
Marley Marl ft. MC Shan / He Cuts So Fresh
無骨なビートがStreetを揺らす、Juice Crew黄金期の生々しい空気感。1987年、HipHopがまだストリートの現場そのものだった時代。その空気を真空パックのように閉じ込めた12インチが、Marley Marl ft. MC Shanによる He Cuts So Fresh です。US盤オリジナル12インチとしてリリースされたこの1枚は、MCAのコンピレーション・アルバム Uptown Is Kickin’ It からシングルカットされた楽曲。当時すでにCold Chillin’周辺でシーンの中心人物となっていたMarley Marlが、自らのプロダクション・センスを全面に押し出した重要作でもあります。
針を落とした瞬間に伝わる無骨なビートっ!
針を落とした瞬間に飛び込んでくるのは、乾いた質感のスネアと、地を這うように沈み込む低音っ!この時代特有の荒削りなサンプリング感覚がたまらなく、現在の洗練されたHipHopビートとは違う生っぽさが全身に伝わってきます。決して音数が多いワケではなく、むしろ鳴っている音だけを数えれば驚くホドシンプル。しかしキック、スネア、ベース、サンプルのひとつひとつに強烈な存在感があり、それぞれがぶつかるコトなく絶妙な距離を保っている。特にMarley Marlのビートは、単純に音を重ねるのではなく「隙間」を活かすのが特徴です。その余白があるからこそビートそのものが太くカンジられ、MC Shanの少し鼻にかかった独特のフロウも前へ飛び出してくるんですよね。
スクラッチまで含めて完成するDJカルチャーの音
イントロから散りばめられるスクラッチは、まさにタイトル通りFresh!単なる装飾として入っているのではなく、スクラッチそのものがリズムの一部として機能しており、DJプレイを強く意識した構成になっています。ブレイク部分ではビートの抜き差しによる緊張感も秀逸で、一度リズムが引いた瞬間に生まれる余白と、再びビートが戻ってきた時のインパクトが実にイイ。ダンサーやB-Boyたちの動きまで計算したようなグルーヴ設計で、クラブやブロックパーティーで鳴らされた時の光景が自然と浮かんできます。現在ではHipHopというとラッパーを中心に語られるコトも多いですが、この12インチを聴けば80年代後半のHipHopがDJ、MC、ダンサーというカルチャーと密接に結びついていたコトを改めて実感させられます。
Juice Crewを支えたMarley Marlの革新的ビートメイク
そしてこの時代のMarley Marlといえば、Big Daddy Kane、Biz Markie、Kool G Rapらを擁したJuice Crewの総司令塔的存在でした。サンプリング技術が急速に進化していた時期に、彼は既存曲のドラムをサンプリングして新しいビートとして組み直す手法をHipHopプロダクションの中心へ押し出し、その後のビートメイクに絶大な影響を与えていきます。それまでレコードのフレーズをループさせる感覚が中心だったサンプリングを、キックやスネアといった音のパーツへ分解し、自分の欲しいグルーヴへ再構築していく。現在では当たり前のように行われている考え方ですが、それを80年代の限られた機材の中で追求していたワケです。He Cuts So Fresh の無骨なのに妙に完成されたビートを聴けば、Marley Marlが後世へ与えた影響の大きさもよく分かりますね。
プロデューサーが「主役」になり始めた時代
He Cuts So Fresh は、そんなMarley Marlが「プロデューサー自身が主役になれる」という価値観を体現した作品として聴いてもおもしろい1曲です。ラッパーの後ろでトラックを作るだけではなく、誰がビートを作ったのかによってレコードを選ぶ…後のHipHopでは当たり前になっていくこの感覚が、80年代後半には徐々に明確になり始めていました。Marley Marlという名前そのものがサウンドの保証となり、そのプロダクションを求めてリスナーやDJがレコードを手に取る。後のPete RockやDJ Premierをはじめ、プロデューサーの個性がHipHopの大きな魅力となっていく流れを考えると、この時代のMarley Marlが果たした役割はかなり大きいでしょう。ビートを聴いただけで「誰が作った音なのか」が見えてくる…そのHipHopプロデューサー文化の原型がここにはあります。
MC Shanが伝えるQueensbridgeのリアルな熱量
リリック面では、MC Shanが自身のスキルやDJカルチャーへの誇りをストレートに表現しています。セルフボーストを交えたラップは当時のHipHopらしいシンプルなものですが、その声のトーンや言葉の置き方からはQueensbridge周辺のリアルな熱量が伝わってくる。技巧的なラップが当たり前になった現在の耳で聴けば、一見すると素朴にカンジるかもしれません。しかしMarley Marlのビートと一緒に聴けば、この少し荒削りなフロウこそが実にイイんですよね。完璧に整えられていないからこそ、スタジオ作品というより、その場でMCがマイクを握っているような生々しさがある。この「現場との距離の近さ」こそ、80年代HipHopを12インチで聴くおもしろさでしょう。
「MC Sham」の誤植もオリジナル盤ならでは
ちなみに、1stプレスのジャケットで「MC Shan」が「MC Sham」と誤植されているのは有名なハナシ…音楽そのものとは直接関係ナイのですが、こういった細かなエピソードも含め、オリジナル盤好きにはたまらないポイントだったりします。同じ曲が後年再発されれば音源そのものは聴けますが、そのレコードがリリースされた瞬間の空気までは再現できない。誤植されたジャケット、当時のレーベルデザイン、12インチというフォーマット…そうしたモノすべてを含めて1987年という時代の記録になっているんですよね。こういう部分に価値をカンジ始めると、単に曲を聴くだけではなく「その時代に作られたレコードそのもの」を手にしたくなる。オリジナル盤を掘る楽しさとは、まさにこういうトコロにもあります。
12インチに刻まれたGolden Era直前のリアル
HipHopがまだ巨大産業になる前…限られた機材をアイデアで使いこなしながら、とにかく「現場で機能する音」を追求していた時代の熱気が、この12インチには刻まれています。現在のHipHopのような重厚なプロダクションとは違い、音は乾いていて、荒く、そして驚くホドシンプル。しかし12インチに針を落として少し音量を上げれば、その乾いたスネアと低く沈み込むビートが想像以上の迫力で飛び出してくるっ!そして、その余白の中をMC Shanのラップとスクラッチが駆け抜けていく。この生々しさは、音源だけを流して聴くのとはまた違った魅力でしょう。単なるOld Schoolでは終わらない、Golden Eraへ向かうHipHopのリアルな息遣いを、ぜひターンテーブルで体感してほしい1枚です。
